ポールを使って歩くだけで消費エネルギーが20%増える方法!?【ノルディックウォーキングに騙されるな1】

巷には、履く(穿く)だけで運動効果のある靴だとかスパッツだとか、「○○するだけで」などといった魅力的な言葉を冠した商品があふれています。
私も宣伝につられて試してみようかと思うこともしばしば。
しかし先般も話題になっていたように1*1、それが宣伝のとおりに本当かどうかは怪しいもので、私自身(遠目で見聞きする限りでは)結果ありきで行った検証実験を根拠にしている一連の商品を知っています。

これとよく似たもので、実際に起こりうる効果を拡大解釈して、すべての人に大きな効果があるかのように喧伝する例も見受けられます。
「加圧トレーニングで痩せる」というのも、そのひとつです。実際は加圧トレーニングだけで痩せていくことはなかなか無いですし、トレーニングの強度も結果を左右する大きな要因になりますから、誰もが最大限の効果を得られるわけではありません。よくある、「トレーニングの結果得られる効果には個人差があります」というやつです。

残念ながら、宣伝ではなかなかそこまで消費者に周知することは無いです。見逃してしまうほどの小さい文字で隅っこに書かれているくらい。
ところが、隅っこに書かれているならまだましなほうで、この「小さなお知らせ」すら中々お目にかかれない例があるのです。

その例とはほかでもない、ノルディックウォーキングのこと。

特に通常の歩行より20%エネルギーの消費が大きくなるといった文言を、判で捺したようにサイトに載せていたりインストラクターが説明したりするのが、私は気に入らないのです。
森林セラピーのサイトには倍近くになるとまで書かれています!(この件についてはまた回を改めて)
こういった事例に接して私は思うのです。

そんなわけないやろ、と。

棒をぶら下げたり引きずったりして歩く程度で20%も増えるか、と。

20%の根拠

確かに彼等の言う20%には根拠があります。

それはアメリカのクーパー研究所で2002年に行われた研究で、ノルディックウォーキングと通常のウォーキングとを同じ速度での比較した結果、ノルディックウォーキングの酸素消費量が約20%増加したというもの。
しかしこの研究は被験者のノルディックウォーキングに対する熟練度を考慮してはおらず、酸素消費量の増加率には4~62%もの個人差が存在していたそうです。平均値の魔術でしょうか。

これでは20%という数値を誰でも彼でも当てはめることは出来ません。少し配慮した説明が必要ではないかと思います。

他にも根拠となる数値を探してみた

Compendium of Physical Activitiesのサイトに、ウォーキングとノルディックウォーキングそれぞれの速度別のMETs値が載っていましたので、2011年版(とリファレンス)の数値を紹介します。(METsとは、活動・運動を行った時に安静状態の何倍のエネルギー消費がなされているかを表す指標のこと)

件のサイトには…

ウォーキング

時速5.6キロ 4.3METs
時速6.4キロ 5.0METs
時速8.0キロ 8.3METs

ノルディックウォーキング

時速5.6キロ 4.5METs
時速6.4キロ 5,1METs
時速8.0キロ 9.5METs

Compendium of Physical Activities

と、記載されていました。

確かに時速8キロで歩いた場合はノルディックウォーキングが通常のウォーキングよりも約14%多くエネルギーを消費しています。
しかしそれより遅い速度のノルディックウォーキングではわずか数%の増加でしかありません。

どうしてこのような差が生まれてしまうのでしょう。

消費エネルギーに差が生じる理由

速度によって通常のウォーキングとノルディックウォーキングで消費エネルギーの差が生じてくる理由。それは先にも出てきたノルディックウォーキングに対する熟練度によるものに他ならないと私は考えています。
ノルディックウォーキングに熟練してくると、上半身の筋肉を用いてポールをしっかり後方へ押すことで推進力を得る事が出来るようになります。しっかり押せれば歩行速度が上がります。体幹の回旋が生じてくるとさらに。
また、遅い速度であってもポールを上手く用いることで歩幅が広がるなどして、結果的にエネルギー消費量が増大すると考えられています。

上にお示ししたデータを計測する際の被検者にノルディックウォーキングの初心者と熟練者がどれほどの割合で混ざっていたかは定かではありませんが、少なくとも時速8.0キロのデータに関しては熟練者が多かったのではないかと思います。
なぜなら初心者ではこんなに早く歩けないからです。
ポールを押せているから時速8キロではなくて、通常歩行でも時速8キロで歩ける者がポールを持っているとも考えられますが、それほどの速度で歩ける運動能力の持ち主であれば軽いレクチャーでもポールの扱いのコツを掴んでしまいそうなものです。
“通常歩行でも時速8キロ”というのは私の想像でしかないので兎も角として、逆に遅い速度での歩行を考えれば、「ノルディックウォーキングの熟練度が低い=消費エネルギーが上がらない」と、考えて差し支えないでしょう。それこそ想像に易いですし、国内の論文でも、テクニックの違いについて言及はしていないけれども示唆するようなものはいくつかありました。

やはり、「ポールを持てば20%」と宣伝するのは控えた方が良いのではないかと感じます。

インストラクターとしてのスタンス

私がイベントなどで指導する時に、消費エネルギーの増加についてお話しする時は、必ず「上手いことポールを使えるようになると……」と前置きをします。
そしてイベントの中のどこかでは必ずしっかりポールを押して歩くところをお見せするようにしています。「ここまでできればしっかりエネルギーを消費しますよ」と。

もちろん、しっかり押さなければ意味が無いというわけではありません。

消費エネルギーの大きな増大は望めないものの、少し楽に早く歩けたり、身体が安定したりするのですから、先ずはその辺りからノルディックウォーキングの利点を享受していただいて、慣れてきたらより強い運動としての領域にもチャレンジしていただきたく思っています。
利用者それぞれに、そして、ノルディックウォーキングを行うシチュエーションによって、使い道や楽しみ方は違ってくるものですから。

まとめ

だらだらと長くなってしまったので纏めますと、

  • ノルディックウォーキングは同じ速度の通常歩行に比べて20%多くエネルギーを消費する
  • 20%多くエネルギーを消費する為にはポールの扱いに熟練が必要
  • エネルギー消費は大きくならなくとも、初心者には初心者なりの利点がある
  • だから徐々にレベルアップしていきましょう

こんな感じです。

もしイベントに参加したなら、20%の件で質問しても答えられないインストラクターには、少し注意した方が良いかもしれません。知識に不足や偏りのある可能性があります。


  1. エントリー公開当時、リーボック社のイージートーンやスケッチャーズ社のシェイプアップスといった、履いて歩くことで通常のシューズよりも高いエクササイズ効果が得られると謳っていた“トーニングシューズ”について、アメリカでは宣伝されている効果に虚偽があるのではないかと裁判になり、結果、メーカー側が虚偽の事実を認め、数十億円の罰金を支払うという事件がありました。一方、日本ではどこ吹く風とばかりに宣伝・販売されていました。 ↩︎

【参考文献】
1.Church, Earnest, Morss. Field testing of physiological responses associated with Nordic Walking. Res Q Exerc Sports. 73(3):296-300, 2002.
2.村田芳久. ノルディックウォーキングが広背筋および大胸筋の筋酸素動態に及ぼす影響. 体力科学. 55(6):638, 2006.
3.山本敬三. 初心者を対象としたノルディック・ウォーキングの運動効果の分析. 浅井学園大学生涯学習システム学部研究紀要. 7: 105-110, 2007

【参考サイト】
https://sites.google.com/site/compendiumofphysicalactivities/home

※2012年9月公開の記事を加筆修正

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