出ていく女

家を建てる前に住んでいた2DKのアパートで体験した出来事

この頃のじねん堂は整骨院内で寄生虫のように開院していた。営業時間も整骨院のそれに準じたもので、12時~15時までの長い昼休みの間はアパートに帰ってダラダラしたり昼寝したりが日課だった。
妻は飲食店でパート従業員として働いていた。“ランチ” と “通し” の日は朝から、“ディナー” の日は午後からの出勤で、妻のシフトによっては私が妻の出勤を見送ることも少なくなかった。

初夏のある暑い日のこと。

いつものように昼休みに帰宅して、リビングのソファーにもたれかかってテレビを見ていた。
右側にはダイニングキッチンに続く2枚建の引き違い戸がある。すりガラス入りの格子戸で、建物の北側に位置するダイニングキッチンの採光に一役買っている格好だ。引き違い戸を開け、リビングとダイニングキッチンの窓も開ければ、暑いとは言っても初夏ならばエアコンをかけずに過ごせる程度には風が通ってくれた。

女性漫才師が司会をする料理番組が始まった頃だったろうか。目の端に、ダイニングキッチンを横切って出ていく妻の姿が見えた。

「あ。行ってらっしゃ~い♪」

何気なく口に出した言葉に、はっと気付かされた。

今日の妻のシフトは “ランチ” だった。

今朝、妻を送り出してから子供らを保育園に送ったではないか。
だとしたら今、横切っていったのは誰だ。
白い服を着た女だった。
なぜ妻だと思った?
なぜ女と分かった?
「白い服→妻の制服→女性」という思い込みか?
実際に妻が忘れ物でも取りに帰ってきていたのかも。
それにしては、一声もかけてくれないのは妻らしくない。
よっぽど急いでいたのか。
そもそもいつ帰ってきたのだろう。
私が帰ってきてからしばらく経つ。
逆に最初から室内にいたのなら気づかないはずがない。

そういえば、玄関のドアが開く音も閉じる音もしてない。

まさかまだ部屋の中にいるのか……

私は何も聞かないよう・見ないよう祈りながら戸締りをし、そっと部屋を出て仕事に向かった。

位置関係
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