クリスマスが近づいてきましたね。
「うちの子供、まだサンタクロースを信じとんの」とか、「学校でいろいろ聞いてきたみたい」とか。サンタクロースほんまに居るんか問題を、どのように処理するか、悩む親御さんもいらっしゃることでしょう。
すべての子供が、なんとなく勘付いて、しれっと過ぎ去っていけばよいのですけれど、なかには、
「かーちゃん、散々嘘つくな言うといて、サンタこそ嘘やんけ!」
と、傷つく子供も居るはずです。何を隠そう、私がそうでした。
そんな過去を踏まえてわが家の場合…
サンタさん来てくれるかなあ……
うちにはサンタさん来やへんで。
プレゼントはマスクマンが持ってくるんやで。
えー。うそやん。
マスクマン、パパやし。
シー!
それは誰にも言うたらあかん。秘密や。
秘密を守れたら、マスクマンがプレゼント持ってきてくれるで?
うそや。
ちゃんとサンタさんが持ってきてくれるし!
助手1号が小さい時からこんな感じです。
子供がサンタを信じる理由なんて、私に言わせればはただの欲。
プレゼントが欲しいから信じている。
「エエ子にしとかなサンタさん来やへんで!」と親に言われるから信じている。
ただそれだけです。
一時的に良い子ぶったところで、たかが知れていますし、そもそも子供がサンタの存在を信じる理由以前に、親が子供にサンタの存在を信じ込ませてコントロールしようとする行為が、好きになれません。
それよりも、乗っかって楽しむことを覚えて欲しいなあと、私は思うのです。
無駄にサンタの存在を信じたり信じさせられたりするよりも、
中身はパパやけど、まあええか。
うぇーい。マスクマーン。
○○ちょうだい♪
こっちの方がよっぽど健全に思えます。
サンタがマスクマンに変わっただけに思えるかもしれませんが……
- サンタが実在すると信じ込ませようとする不誠実な行為が無いところ
- 「本当に存在すると信じている」のと、「正体を知っているけれど敢えて」の違い
- 誕生日以外にプレゼントを貰えるかも知れないイベントとして、楽しめる心。
これらが大切なのです。
それから、“サンタは来ない”だけにせず、わざわざ“うちには来ない”としているのにも理由があります。
それは、「サンタさんが来てくれるの♪」と信じている余所の子どもを無駄に刺激しないため。
余所の家庭には余所の家庭の教育方針があります。それを壊すつもりはないのです。
壊すつもりはないのですが、サンタクロースにプレゼントを持ってこさせる必要はないと、私は考えています。