灰色のパーカーと赤いパーカー

2007年、11月14日の出来事です。

いつものように床に就いて、いくらか時間が経ったでしょうか。

ふと目が覚めました。

当時住んでいたアパートは、4畳半と6畳とを仕切るふすまを取り払って、4畳半をリビングに、6畳を寝室に使っていました。4畳半の方に頭を向けて寝る格好です。

その4畳半のほうがかすかに明るく感じたもので、「電気、消し忘れたっけ?」と、覚醒しきらぬ頭をそちらへ向けました。

 

「あれ?」

 

部屋の中央。天井付近。

電灯の近くに、白っぽい灰色のものが浮かんでいました。

それはまるで、フード付きのパーカーのよう。

天井と水平に浮かびながら、弱い風にたなびくようにひらひらと揺れていました。

別段怖くも無く、ただただ不思議で、よく見ようと目を凝らしてみると…。

それは後へ下がる様に、すっと消えていきました。

別に悪いものではなさそうでしたが、何となく気味も悪かったので、左側に寝ている妻を起こすべく、身体を捻ったそのときです。

 

「え?」

 

目に入ったのは赤いパーカー。

赤と言っても、くすんだような暗い赤にみえるそれは、万歳するように腕(袖?)を挙げて、白いのとは全く違う嫌なイメージでした。

 

「うわ~、あかん。めっちゃ怖いやん。」

 

怖いけれども目を離すこともできず、どれくらいの時間が経過したかは分かりかねますが、固まっている私をよそに、それは煙のように消えていきました。

 

「何やあれ。ほんまにヤバいやつちゃうんか。」

 

混乱しつつも再び眠りに就こうと目を瞑り、ウトウトとしだしたところで…。

 

デッ、デケデ…(AC/DC Back in Black)

 

今度は携帯への着信によって現実の世界に引き戻されました。

心底驚き、半ば反射的に応答すると、相手は母。

 

「あんた、起きとったん?」という驚きのあと…

「さっきおばあさんが急変したって、病院から電話があったんさ。心臓も一回止まったんやて。」

脳出血で入院中の祖母が急変したことを伝えてくれました。

 

時刻は早朝。

部屋の電気は、消えていました。

 

一時心臓が止まっていたという時間と私が何かを見た時間が一致していたかどうかは分かりませんが、あのふたつの何かのうち、恐らく片方は肉体を離れた祖母ではなかったかと思っています。そしてもう片方は、死を象徴あるいは主る何かだったのかもしれません。

なんせ目が悪いもので、パーカーだけが揺れているように見えましたけれど、もしかしたらフードの中には顔があったかも。

 

灰色の方が祖母なら良いけれど、赤い方だったら…。嫌だなぁ。

 

位置関係

 

後日談

1週間後の11月21日。
祖母は医学的な死を迎えました。

なぜ医学的な死という回りくどい表現をするのか。

それは私が、祖母は11月21日に『死んだ』のではないと考えているからです。

14日の急変は再出血だか下肢にできた血栓が飛んだかしたものでした。
一時心停止の後、再び心臓は動き出したものの血圧の上がらない状態が続き、21日に死亡となったのです。

私は思います。

もし魂というものがあって、それが肉体から離れることを『死』と呼ぶのであれば、祖母が亡くなったのは灰色と赤のパーカーを見たあの時。11月14日早朝だったのではないかと。

その後の1週間は、抜け殻となった肉体の心臓が、ただ動かされていただけであると。

もしかしたら祖母は、死んではいたけれどあの世に旅立つ準備のできない状態で1週間を過ごしたのかもしれません。

「この世に心残りがある限りは成仏できない」という話をよく聞きます。

なるほど私たちは有形無形の様々なものに執着するように出来ています。
それは人によって金だったり最愛の人だったり、あるいは遣り残した仕事だったりするのでしょうが、やはり現世での魂の入れ物である肉体は、それらの中に於いてことのほか我々を縛るもののはずです。
つまり肉体が動いている間、魂はあの世に旅立てず現世に留まらざるを得ないのです。

そして肉体が完全に機能停止することで、はじめて旅立ちの準備が整う。

いざ旅立てば、49日をかけて来世の行き先が決まる(十王によって生前の善悪を裁かれ決められる)ので、我々遺族は故人が極楽へとたどり着けるよう、文字通り善を追送する「追善法要」を営むわけです。

結局21日が祖母の命日ではあることに変わりはないのですが、この時の体験から、医学的な死と、魂が肉体から離れる死が別々なものであるという認識を持つようになりました。

ただ、“あの世”に旅立つことに関しては、どうにも受け入れかねるのですよね。聞いて知ってはいても。

なんせ信仰がないものですから。

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